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44歳!初産!奇跡の妊娠。 [ベビー]

今までの事を思い出すと「色々あったなぁ~」って、涙がでそうになる。

20代の頃、一度妊娠したことがあるけれど残念ながら産まれては来なかった。

少し経って妊娠。でも流産。

この後、24年間も「不妊症」という言葉が自分についてまわることになるとは思いもしなかった。

前夫と離婚し、それから10年近く経って現在の主人と知り合って結婚。

お互いバツイチ同士の結婚。二人とも前の結婚生活では子供はいない。

不妊治療は考えていなかった。高額な治療費を捻出するだけの余裕がなかった。

それでもやっぱり赤ちゃんは欲しいという気持ちは消えてないのが本音。

「不妊治療をあきらめる=赤ちゃんをあきらめる」ではないのだ。


現在の主人と結婚する前に子宮ガン検診へ行ったことがあって、医師に「不妊」であることを告げた。

エコーで子宮の状態を見てもらったら「う~ん。特に異常はないけどな。卵子もあるよ」

基礎体温をつけるように言われてつけてみたけど、流産後の頃につけていた曲線と変わらなかった。

まさしく「無排卵月経」を意味する折れ線がキレイにできあがる。

「高温期はどこ?排卵日はどこ?」


主人は主人で「男性不妊」であることを気にしていたようだ。

「俺にも原因があると思う。調べてもらいたい」

「じゃあ二人で何が原因なのか調べてもらおうよ」と産婦人科の門をたたくことにした。

もし、ここで原因がわかったら少し治療をしてみようか・・・。

近所の産婦人科を調べてみたら、ネットでも評判が良くて先生もベテランという所があったので早速

行ってみた。私の内診が終わって医師の診察の時、信じられない言葉が返ってきた。


医師が「あのさ~。44歳で不妊治療したとして、45歳で出来たとしたら産むの??」

一瞬、何を言われたのか・・・。「産みますけど・・・。」

さらに医師が「産むんだ?あぁ、ジャガー横田が産んじゃったからねぇぇぇ。わっはっは~」

「まぁ出来るまでは、ここで面倒みるけどさ産むときは他行ってね」

頭の中真っ白でした。もう病院でてから悔しいのと悲しいのと訳分からなくなって。

この日、自分の中で「もう、いいや・・・」と初めて諦めの感情が沸きました。

途中この産婦人科に行くのであろう30代くらいの妊婦さんと何人かすれ違った。

「いいなぁ」とか「うらやましいなぁ」とか「私もいつか」なんて今まで思っていた感情が何も沸かなくなって

いたことに気づいた日となってしまった。


この嫌な日から数ヶ月後。私はもう「赤ちゃんを授かりたい」という気持ちは沸かなかった。

手作り雑貨のネットショップを開店する事やオーダーが入ったりで忙しかったけど、毎日をのんびり

ゆったり過ごしていく事に充実感を覚え、キレイな景色を見に行ったり、

日常の何気ない出来事を「いいねぇ!こういうの」と思ったり、

友人とのランチタイムを楽しんでみたり・・・。

こんな毎日を続けていたら自然と気持ちが楽になっていました。

そして奇跡の夏が・・・。


身体がほてる、足がムズムズする。何だか変!

ネットで調べると「更年期障害」の症状にあてはまる。あぁ、とうとう来たか。

早すぎると思うけど、私の知り合いは41歳で閉経を迎えている。

更年期を迎える年齢はさまざまだ。

主人とドラッグストアに買い物に行く用事があったので、ついでに「更年期の薬」でもと思っていました。

でも、何気なく通り過ぎた棚の商品が気になって、足を止めたんです。

そう、「妊娠検査薬」

「ありえないし!」「しかも陽性にならないように作ってるんじゃないか?」

今まで何十本と無駄にしてきた「妊娠検査薬」なんか憎しみさえ感じてくる。

この時、自分の生理が遅れている事、今までと違う身体の不快症状。

これがなければ絶対に買うことはなかっただろうな。

「もしかしたら・・・。」というよりも「どうせ陽性でないけどね」こんな気持ちだった。


検査薬は2つ判定窓があって、左が判定窓、右が検査終了窓。

尿をかけて1分待つ。左の窓に線がでた。くっきりと・・・。

「あ~出た。ほらね~違うし」とトイレの中で独り言。

検査薬を買うのは久しぶりだったので、左と右の窓の意味を逆に思っていたのでした。

捨てようとした時、「あっ、あれ??二つにでてる!」

あわてて説明書を広げて読んで、やっと理解した。理解したと同時に注意書きの文字が目に入った。

「閉経の時も陽性が出ることがあります」

愕然!


主人に付き添ってもらい翌日、隣の市の産婦人科へ行った。

あの嫌な経験から、「また何か言われたらどうしよう」と怖かったけど意を決して内診台へ・・・。

内診台で待っているときに右側に小さなモニターがあるのに気づいた。

なんだろうこれ。

医師が来て「じゃあ、ちょっと検査するね」

その瞬間、モニターに何か映し出された。「あぁ、これで見れるのか。すごいなぁ」

なんて感心してたら、医師が「う~んと、これわかるかな?小さい袋みたいの」

小さな袋が確かにある。私は緊張と怖さで、その袋が悪性の腫瘍とかじゃないかと思った。

医師が次の言葉を発する数秒の間、自分勝手に「膿種か筋腫。子宮ガン?」

「どうしよう。治療しなきゃ。主人に何て言おう」と頭の中がグルグルして動揺していた。

「妊娠してますよ。」

24年間ずっと聞きたかった言葉だった。ずっと思い描いてた瞬間だった。

だけど、いざとなったら恐ろしく冷静に「ありがとうございます」と内診台を離れ診察室へ。


再び医師から妊娠している事。高齢なので設備の整った大きな病院を紹介するとの話を聞き

待合室へ戻ると、妊婦さんに囲まれて妙な雰囲気の主人が心配そうに待っていました。

「にっ、にっ妊娠してるって・・・。」

主人は静かに「うん。」とうなずいた。でもちょっと挙動不審だった。

二人とも帰りの車の中で狐につままれたのように会話は少なかった。


数日後、やっとの思いで出産までお世話になる病院を見つけました。

ちょっと強面でぶっきらぼうだけど信頼できる医師。厳しさの中に優しさありの助産師さん達。

初めての診察の時、医師に思い切って聞いてみた。あの嫌な経験を拭い去るために。

「あの・・。44歳で高齢ですが大丈夫ですか?」との質問に医師は躊躇することなく私に言った。

「そりゃぁリスクは大きくなるけど基本的には出産に年齢は関係ないからね」

「47歳で双子を初産の方もいるから、安心してね。年齢じゃないから」

「50代の初産の方もいるからね」

ホッとした。

あの嫌な産婦人科医の言葉が嘘のように消えていった日。

やっと赤ちゃんを授かることが出来たんだと確信できた日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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